Steve, requiescat in pace.2011/10/06

Steve, requiescat in pace.
スティーブ・ジョブズが亡くなった。
享年56歳。早すぎる死である。
 
彼の人柄や、偉大な業績については、
すでにあちこちであらゆる立場の人が書いているので、
ここででは多くを語らないことにする。
 
Apple製品との付き合いはMac導入後からなので、
もう20年近くなるだろうか。
最初のMacはまだPowerPCでさえ無い、
メモリ40MB、HDD500MBと言う非力な、
今から思えば、
よくそれで仕事できたなというマシンだった。
それを遥かに凌駕するマシンが、
今ではポケットに入るのだから隔世の感である。
 
あれから増えた、いくつものApple製品のリンゴマークを見つけては、
子どもが「あのリンゴは誰がかじったの?このリンゴは?」などと言っていたことを思い出した。
Apple=Steveとされる男が去って、これからの世界最大の企業が果してどうなるか、興味深い。
 
「毎日を人生最後の日だと思って、素晴らしいと信じた仕事をすれば、誰でもひとかどの人物になれる。」
という言葉を17歳から信じて、ジョブズはその通りに生き、ひとかどのどころか伝説的な英雄になった。
アップル公式サイトのトップページに掲げられた彼の有名な画像は、ファイル名が「t_hero」である。
 
ジョブズの写真を見る度に、家族は私に雰囲気が似ているという。
あんなイケメンではなく、それほど似てるとは思わないが、年を重ねると似てくるのかもしれぬ。
彼のようには生きられなかったし、またこれからも全く違う生き方になるだろうが、思うところはある。
 
どうも人生を無駄に過ごしてきたような気がしてならない。謙遜でなく馬齢を重ねてきたのではないかと。
若い時に思い描いていた目標の自分に近づいているのか、あの頃望んでいた未来に立っているのか。
 
ここ数年、ずっとそのあたりのことを考えていた。
食うための仕事、儲かるための仕事に追われて、本当にやりたいことをやって来なかったのではないか。
彼の言葉を借りれば、まさに、
「あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。」
人間,人生の折り返しを過ぎるとそんな事を思うものらしい。
自分が何も成し遂げてない、何かやり残したことがあるような気がして、激しい焦燥感に駆られるのだ。
 
そして今も焦燥感に駆られている。早く、早くオチを思いつかなければ…。
 
いや、今夜はやめておこう。
スティーブン・ポール・ジョブズ。心よりご冥福をお祈りいたします。
 

草食系でも肉食系でもない、第3の男の回顧。2010/12/28

草食系でも肉食系でもない、第3の男の回顧。
師走とはよく言ったものだ。
前回更新してから、まさしくあっという間であった。
その間意識不明だったのではないかとさえ思える。
 
この、12月が瞬く間に過ぎる感覚は、
おそらく冬至前後の昼間の短さが原因だろう。
主に夜の活動が中心ならばともかく、
やはりヒトは日中の長さが一日の長さであり、
その意味では、私もまだまだ健全なのかも知れん。
 
しかし、若い時は毎晩のように飲み歩いていた。
何が楽しかったんだか、毎日朝帰りである。
別に破天荒な生き方を気取っていた訳でもなく、
独り身の部屋に帰るのが寂しいという訳でもなかった。
 
確かにそこそこ飲める方だったのだが、格別酒好きとはいえないのである。
というのも、今もそうだが当時も家では全く飲まなかったからだ。
 
そのうちある時から、きっかけと言っても特にないのだが、ぱったり出歩かなくなった。
バーだろうが、クラブだろうが、キャバクラだろうが、お茶屋だろうが、面白くも何ともなくなったのだ。
惰性でそんな生活を続けていただけで、そんな事に金を使うのがバカバカしくなっていた。
あの頃散財した金があれば今頃…イヤイヤそれは言うまい。
 
昨今世間を賑わせていた人間国宝候補のあの御仁も、そんな惰性の時期のまっただ中なのではないか。
酒場に繰り出した事がある者なら、百も承知だろう。
横柄な奴や大口叩く奴、女や連れにいいカッコしたいが為にイキっている奴などゴマンといる。
むしろ、それをやりたいが為にうろついていると言ってもいい者だらけである。
まったく騒ぎが常軌を逸していた。誰かが言っていたがまさしく「どうでもいいわ」。
 
近頃は忘年会にも誘われることもめっきり少なくなった。
健全で健康的だと言えるかも知れぬが、社会との接点が減って果してこれで良いのかどうかわからない。
世捨て人とまで言えないが、もっと世間を広げても良いだろう。
 
今や肉食系や草食系ならぬ、霞食系乃至仙人系だと自他ともに認める人間であるが、
枯れてばかりもいられない。
来年はスキンヘッドにでもして、ギラギラした生き方をしてみようか、などと言ってみる。
 
今年の更新はこれが最後になると思われる。皆様良いお年を。
 

地球か……何もかも皆懐かしい……。2010/06/15

地球か……何もかも皆懐かしい……。
小惑星探査機「はやぶさ」が帰ってきた。
7年、実に60億キロの旅の果てにである。
小惑星への往復は世界初、
もしサンプルを持ち帰っていれば
これまた史上初の快挙である。
 
数々のトラブルに見舞われながらも、
「こんなこともあろうかと」
仕込んでおいた回路や設計を駆使し、
超がつくほどの裏技を生み出しながらの快挙だ。
この国の技術者の能力と執念に拍手を送りたい。
 
ネット上でも以前から大盛り上がりで、
はやぶさたんなどとも呼ばれたりしている。
人工知能を積んでいる訳でもなく、
機械を擬人化することの是非はあるかも知れないが、
数々のロボットアニメの隆盛を見るまでもなく、日本人はこういうのが大好きである。
 
実際、はやぶさが最後に撮影した地球の画像は多くの人の涙を誘ったのではないか。
カプセルを放出して、役目を終えた機体を最後の力をふりしぼって反対に向け、故郷のこの星を撮影した。
「何もかも皆懐かしい」と言ったかどうかはともかく、
この探査機を造った人も運用した人も日本人なのだから、
このミッションを遠巻きに見ていた我々と同じような感覚をもっていただろうし、
宇宙戦艦ヤマトなどの作品のこともよく知っているはずだ。
 
科学予算が例の仕分けとやらで軒並み削られている。嘆かわしい話だ。
1番を目指さなかったら2番になれる訳もない。
あの発言でどれだけの科学者がこの国を出ようと思ったことか。
仕分け人などともてはやされているが、ひょっとすると他国の工作員ではないかと疑ってしまいそうだ。
科学技術で食っていかないでこの国は何で食っていくつもりなのだろう。
もしかしたら、あの金持ちの男の屋敷の裏庭にレアメタルの鉱山でもあるのかもしれない。
 
こども手当の予算があれば、毎年200機ものはやぶさクラスの宇宙船が造れる。
その方がよほど将来の子供のための生き金なりそうだが、
選挙の票目当ての死に金が莫大な借金を元手にばらまかれる。
民主主義はこうやって腐って死んでいくのだろうか。
 
う~む、柄にもないことを書いてしまった。
ありきたりなことばかりだが、今回の快挙に際していっそう思わずにはいられない。
 
ところで、あの大きな襟こそ仕分けした方がいいのではないか。
などと、またまたありきたりなことを言ってみる。
 

どちらかというと、スベるのは得意です。2010/02/28

どちらかというと、スベるのは得意です。
バンクーバーオリンピックが終わった。
有力な日本人選手が出場する競技を少し見ただけだが、
成績は期待ほどは芳しくなかったようである。
 
主要国の中ではずば抜けて低い強化費用とあっては、
勝て、というのが無理というものだ。
 
しかも例の事業仕分けとやらで、
更に予算を減らされそうな気配である。
とても経済大国とは思えぬ貧乏くささだ。
情けない事この上ない。
 
むろんどこかの国のように、
競技人口のピラミッドからではなく、
煙突のように国策でエリートを排出するのも
気持ちが悪いのであるが。
 
また、ただでさえ少ない予算は役員の待遇に当てられ、選手の方にまわらず、
今回はどうだか知らぬが、飛行機移動は役員がビジネス、選手がエコノミーと聞いてはあきれるばかりだ。
 
先日の女子スケルトンで認定シールをはがしたために失格した選手がいたが、
ステッカーのはがす作業と確認を、選手一人に押し付けていた結果のお粗末な話である。
 
学校教育の延長上の意識で、しつけとして雑用をやらせ、
なおかつ勝負は根性で勝てというつもりだろうか。
 
選手は4年間いや実質的にはそれ以上、それこそ死にものぐるいで頑張ってきたはずである。
せめて晴れの舞台では、雑念を一切払ってやろうとは思わないのか。
選手の数を役員の数が上回っているにも関わらずだ。
 
ところで、今回のオリンピックのデザイン関係だが、
メダルやその他の図案は、まあまずまずか。アイデンティティを表現しつつすっきりとまとめている。
シンボルマークだが、新聞の京都特集記事の連載のタイトルみたいだと思ったのは私だけではあるまい。
つまり「京」の字を図案化した感じのところが、どうもそう見えて仕方ない。
一旦そう思い出すともうそれにしか見えない。ほーらほら、あなたもあなたもあなたも。
 
それはともかく、影響受け過ぎだが、どこかにカーリング場はないかな。
私の体力ではあれしかできそうにない。そう思っている人も多いのではないか。
 
と、気づけば2月の更新はこれだけではないか。
どうも私自身がブラシでゴシゴシとスイープされなければならないようである。
まあよくスベるスベる。
 

時には耳を塞ぎたくなる事がありませんか。2009/08/20

時には耳を塞ぎたくなる事がありませんか。
夏休みをとって遠出したのだが、
やはり地方、特に田舎の蝉は全然違う。
 
一番の違いは何と言ってもミンミンゼミだろう。
街中ではまず鳴き声を聞く事はない。
そしてその音量たるや、
帰ってからもずっと耳の奥で鳴き続けているのである。
 
コンピュータのファンの音を、
アブラゼミなどのベースの音に見立てて、
サラウンドのステレオで聞こえてくるほどなのだ。
 
これはもしかして幻聴?
おおっと、危ない、危ない。今は別な意味でアブない。
 
それはともかく、例によって話は変わるが、
選挙の公示日を過ぎて、いよいよ選挙カーがやかましくなってきたのだ。
 
あの選挙カーをうるさく思っている人は多いと思われるのだが、時代が変わってもなぜか健在である。
思うに、うるさく感じるポイントは1点、候補者の名前を連呼する事にあるのではないか。
 
つまり、候補者の名前を連呼する事を禁止しさえすれば、静かになるのではないかと思われる。
例えば、1分間に2回以上名前を言ってはいけないようにすれば、
選挙カーは名前以外の情報を盛り込まねばならず、いきおい中身のあるものになる。
もちろん録音されたものを流すのを防ぐために、それも禁止する。
 
こうなると、よほどの弁士を車に乗せなければならなくなって、
いずれはスピーカーを鳴らしてまわる選挙カーそのものが廃れてしまうだろう。
 
と、ここまで考えて、「まてよ、原稿を読み上げたらおしまいだな」と気がついた。
それ以外にも抜け道がいっぱいありそうだ。
単純に選挙カーそのものを禁止すれば良いだけではないか。なあんだ。
ま、しないんだろうけど。
 
蝉の声が耳の奥から消えたと思ったら、今度は候補者の名前がサラウンドで聞こえ始めるのか。
やれやれ、おそらくはこれが狙いだろうが、これまた危ない事に変わりはない。
 
いっそスピーカーで本物のセミの声を流してくれた方がマシかも知れない。
候補者別に蝉の種類を割り当てるのだ。
「はい、あなたミンミン。あなたはツクツクボウシね。あなたはヒグラシ、あなたは……」
 
あ、冬はどうしよう。
 
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