黴に埋もれていた、超一流と三流の越えられぬ壁。2011/11/29

黴に埋もれていた、超一流と三流の越えられぬ壁。
閑静な高級住宅街を静かに走る一台のベンツ。
「今日は楽しかったわ。」
と助手席の女が話しかけた。
何処かのお嬢様らしいノーブルな美人で、
シックな一流のファッションともあいまって、
かなりの上流の出身を窺わせる。
運転席の若い男は前を見据えながら、
「ビッグバンドのジャズもいいよね。
 オペラとどちらにしようか迷ったんだけど。」
端正な顔立ちの美男だが何処か世慣れた感じもみえる。
「あら、それなら私、
 ジャズよりオペラの方が良かったかな。」
男は意外そうに横目で女を見やりながら
「でも君のお父様はジャズ好きで有名じゃない?
 同じ財閥の人達にも好きな人多いって聞くよ。」
「え?あ、ああ、父は父よ。」
女が少し慌てて言ったあと、やや気まずい沈黙が流れた。
「すっかり暗くなったね。今日は君の家まで送るよ」
女はギクリとしたように、
「い、いえ、いつものように近くで降ろしてくれればいいわ」
「いや、今日は送らせてよ。高級住宅街といっても夜は危ないよ。できればご両親にもごあいさつを…」
女は急に狼狽えだした。
「だめ、だめ。…まだ…そんな関係じゃないし…。ああ、そこで停めてちょうだい。」
「ええ?こんなところで?」車を停めさせたところは家並みから離れた公園の前だった。
 
女はしばらく俯いてなにか逡巡しているようだったが、意を決したように若い男の方に向き直り、
「私、本当はお金持ちのお嬢様なんかじゃないのよ。家はもっと下町の普通のマンション。あなたに嫌われたくなくて嘘をついてたの。」
「…何だって?」男の表情が一変した。
「嘘をついていたのはごめんなさい。でも家の事なんか関係ないわよね。」
「降りろ。」しばらく無言でいたが、男は冷たく言い放った。
「……。」女は男の冷酷な口調に激しく動揺していた。
「降りろ!ふざけるな!金持ちだからわがままの相手をしてやったきたんだ。貧乏人の娘なんかいらないんだよ、金輪際俺の前に顔を出すな!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。お願いだから捨てないで、あなたのことが好きなのよ。」
女は泣きじゃくっていた。
「降りろ!」
若い男は強引に女を車から降ろし、乱暴にタイヤを軋ませながら発進していった。
 
女が呆然と立ち尽くしていると、待っていたかのように後ろから大型の黒塗りの車が近づいてきた。
「お嬢様。」と車から降りてきた細身の紳士が話しかける。
「やはりお父様のおっしゃった通り、一芝居うって確かめた甲斐がございましたでしょう。」
さらに慇懃な様子で続ける。
「所詮あの程度の男だったのです。さ、お屋敷にお戻りくださいませ、お母様がお待ちです。」
更に山の手の邸宅に戻る車の中で、女はもう泣いていなかった。
 
若い男はしばらくベンツを走らせた後、住宅街のはずれの駐車場に停めた。
程なくすると、今度は恰幅のいい紳士が乗り込んできた。
男が苦笑いしながら饒舌に喋りだす。
「最後までなかなかの名演技だったでしょう?しかし今までお嬢様の相手は大変でしたよ。」
そう言うと端正な顔立ちを下品に崩しながら、更にあれこれ苦心した話を始めた。
紳士はしばらく男の話を聞いていたが、深くため息をついて、
「長い間ご苦労だったな。だがこうやって娘に悪い虫がつかんよう教育する親の身にもなってほしいね。」
そう言った後、車を降りながら男に声をかけた。
「そうそう、報酬は君の口座に振り込んでおいたからね。」
 

 
さて、突然何の話を始めたのかと思われただろう。
これは遥か昔、私が今の仕事を始めてまもない頃に「お嬢様の嘘」というタイトルで書いた、
何らかの紙媒体に掲載されたものとしては唯一のショートショートである。
 
当時ひょんな事から、月刊4ページのミニコミ新聞のデザインと編集までをやらされていた。
ところがある号で1面の記事に穴があいてしまい、私が文章を書いて埋めなければならなくなったのである。
締切が迫っており、しかたなく近所の終夜営業していたミスタードーナッツにこもって、
夜中2~3時間ほどかけて上記の作品を書いた。
当時お嬢様ブームなるものがあり、4月号ということでエイプリルフールにかけてこのタイトルにしたのだ。
 
突っ込みどころは多いと思うが、なにしろ僅かな時間でプロットから推敲までやっているので仕方がない。
その後挿絵も描かねばならず、私にはこれが限界であった。
ひとつ気になるのは、中高生の頃に星新一の作品は殆ど読んでいたので、
剽窃は行なっていないが、もしかすると知らず知らず何れかと似た作品になったかもしれない事だ。
むろん超一流と三流の壁はどうしようもない。それでも当時は穴埋めとしては上出来と自賛していたのだ。
 
先日この文章を発掘したので、古くてカビ臭いとは思ったが、せっかくだからここに記録として掲載した。
べ、別にネタが無くて困っていたところを、これ幸いと載せた訳じゃありませんからね!
 
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ノープラン、ノーコンセプトで綴る、
モノクローム・モノローグ。

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