大人になるのではない、少年でなくなるだけなのだ。2008/07/01

大人になるのではない、少年でなくなるだけなのだ。
マンガを読まなくなって久しい。
少年誌から青年誌に移行し、更にそれからも離れて、
最後にマンガ雑誌を読んだのはいつだったか。
喫茶店やラーメン店に置いてあるものさえ、
手に取る事がなくなった。
 
気に入った単行本をたまに読んだりもしてたのだが、
しばらくそれもご無沙汰だ。
面白いものがなくなったというか、
私自身がそういう年齢になって長いという事だろう。
 
よく言われるのが、20歳台の早い時期に、
「最近のマンガって面白くなくなったな」
と思うようになり、青年誌に移行するのだそうだ。
少年マンガが面白くなくなったのではなく、
その時の「少年」にとってはまだまだ面白いのだが、
すでに自分がもう少年ではなくなった、という事に気がつかずマンガのせいにしているのだ。
これは実に考え深い。
大人になるという事は、文字通り大人として考えたり振る舞ったりする事ではなく、
少年である事への、忌避とも言える感覚が無意識のうちに生まれているのだ。
大人は大人になるのではない、少年でなくなるだけなのだ。
 
とはいえ、少年マンガを描いている漫画家のほとんどは大人である。
大人の経験と思慮を持って厳密な計算のもと、子供たちを喜ばせるマンガを書いている。
もちろん私とて子供が対象の仕事であれば、それなりのものを作らなければならない。
 
ところで、最近マンガの売り上げも一時期よりは伸び悩んでいるらしい。
少子化の影響だけではなさそうだ。
ひょっとすると、子供たちが子供でなくなってきているのではないか。
そしてその事は自動的に大人びた子供を生み出しているのではなく、
どちらでもない、新たな人格を持った人間が増えている事に繋がっていくのかも知れない。
 
TVアニメの視聴率も低いままだし、何より多くは深夜に放送していたりする。
マンガもアニメも今やオタクだけのものになりつつあるとも言える。
とすれば、そういう需要に応えるために偏った表現のものばかりになってしまわないだろうか。
 
しかし青年誌さえも読まなくなって久しい私はどうなのだろう。
当然のことながら「青年」でなくなり、「壮年」となっているという事か。
もしかしたら早くも「老年」なのかも知れない。
 
なんだとー!
 
…そうやも知れぬ。
 

むかしアラブのえらいお坊さんが2008/07/02

むかしアラブのえらいお坊さんが
コーヒーを飲みながらこれを書いている。
私の生活にこれだけは欠かせない。
 
十年以上贔屓にしているコーヒー店に
配達していただいている。
それを直前に挽いて、浄水した水で煎れている。
以前はコーヒーメーカーや
ゴールドフィルターで煎れていたのだが、
最近はお手軽にペーパーフィルターである。
ゴールドフィルターは微粉末が気になるので、
それを除去する事も考えなければならないのだ。
 
ここ数年のお気に入りは、
インドネシア、スラウェシ島のコーヒーである。
トラジャ・カロシ、南十字星などとも言う。
深いコク、アジアンな香りと風味が特長だ。
 
モカなどアフリカ産の酸味の強い豆はあまり好みじゃないので、
むしろコクや苦みがほどよい、マンダリンなどアジアのコーヒーはなかなか具合がいい。
風味が独特なので、人によっては好き嫌いがあるかも知れない。
まあ、インドのコーヒーは私もあまり合わないが。
 
中米のブルーマウンテンは確かにうまいのだが、
こういっては何だが、バランスが取れすぎていてちょっと物足りないところもある。
もっともNo.1などは、こちらの財布の中身の方が物足りないのだが。
 
コーヒーにそれほどこだわらない人もいる。インスタントで十分じゃないかと。
いやいや、あれは全く別種の飲み物だろう。
もう、缶コーヒーときたら論外。そもそもなぜあんなに甘くするのか分からない。
だいたい、挽きたて煎れたてがうまいのに、フリーズドライや缶入りはないだろうと思う。
 
最近では酒もあまり飲まなくなったし、タバコは6年前にやめたし、
今や嗜好品といえばコーヒーぐらいになってしまった。
栄養や健康のために飲んでいる訳ではないので、嗜好品ぐらい味にこだわってもバチは当たるまい。
 
そういえば昔、コーヒーが不作とかで値段が上がった時に、
紅茶の値段まで上げた喫茶店があった。おかしいだろ。
 

もののけの森で天岩戸がしまります。2008/07/03

もののけの森で天岩戸がしまります。
2009年7月22日、国内で皆既日食が観測できる。
なんと46年ぶりだそうだ。
当日の午前11時前後、種子島から奄美大島にかけて、
最大6分以上の世界的に見ても長時間の皆既食である。
 
屋久島の南部が交通、宿泊など総合的に見て、
ベストと思われるのだが、
早くも民宿などはいっぱいらしい。
何しろ世界中から観測者がやってくる上に、
世界遺産の観光地である。
 
皆既日食自体は毎年世界のどこかで観られるのだが、
海上の場合も多く、好条件の時は少ない。
それに何といっても46年ぶりの国内である。
以前から屋久島には行ってみたかった事もあり、
何としても行きたいのだが。
 
日帰りでって訳にもいかないので、テントでも持ち込むしかないのだろうか。
夏とはいえ野宿はちと厳しいだろうな。
屋久島の山登りを含めて狙っていたのだが、最悪、別な機会に譲り今回は諦めなければならないのか。
しかし、映像などで見るのと、現地で太陽が完全に隠れるのを体験する事とは天地の開きがある。
生涯に一度のチャンスかも知れないのだ。何とかならんものか。
 
なに、まだ一年ある。その間に秘策を練る事にしよう。
あれこれ手を尽くせば打開する事ができるだろう。
 
ところで、屋久島は宮崎駿監督の「もののけ姫」の森のモデルとなったという話は有名だ。
もちろんそれ以前からあの森に興味があったのだが、
縄文杉などに近づけるうちにぜひとも目に焼き付けておきたい。
多くの来訪者によって踏み荒らされたりしているし、
中国からの汚染物質による酸性雨で、西側の一部の森が枯れてきているという噂もあるらしいのだ。
 
森と、日食。両方とも体験できたら素晴らしい。
せっかく島に行けたのに雲でさっぱり見えず、なんていう事態は心配していない。
私は晴れ男で通っているのだ。
…まさか雨女が大挙してやってこないだろうな。
ちょっと心配になってきた。
 

布団が吹っ飛んだ。コーディネートはこうでねえと。2008/07/04

布団が吹っ飛んだ。コーディネートはこうでねえと。
唐突だが、オヤジギャグについて考えてみた。
世間から、特に若者から嫌われるアレである。
ギャグといっているが、そのほとんどは駄洒落だ。
 
元々日本人は言葉の音が符合していたりするのを、
面白がる傾向があり、言葉遊びが大好きである。
欧米や中国なら韻を踏んで詩にリズムを出すところを、
和歌などの掛詞はむしろ駄洒落的に見える。
 
ナゾナゾと言われているものも、
スフィンクスのなぞの様なものは少なく、
語呂合わせか駄洒落的なものが9割以上ではないか。
 
それにしても、オヤジギャグの駄洒落は、
すでに使い古されたものが非常に多い。
「どや顔」で上司にキメられても、周囲は薄ら笑いで取り繕うしかない。
それから、きれいに音を合わせようとする傾向があり、うまくできてるとしてもかえって面白くはない。
それならいっそ音は少しくらいズレていて、
むしろ「1文字しか合ってないじゃねーか」くらいの方がまだマシなのではないだろうか。
音をきれいに合わせる事にばかり気を取られて、タイミングや話の持って行き方を外してしまっている。
それ単独で成立させようとするのもいただけない。
 
ただ、まわりの人間もよろしくない。白々としてしまっては自分だって楽しくなくなるのだ。
何しろ相手はスタンドプレーのウケ狙いとはいえ、楽しくさせようという気持ちでやっている事なので、
ここはその場を盛り上げるために、自分も楽しくなるために、何らかのツッコミを入れるべきであろう。
某バラエティ番組司会者のように、面白くない発言でもいじり方一つで面白くなることもある。
そしてその突っ込みが、さりげなく、
「そのままではその駄洒落も面白くありませんよ」的なニュアンスもこもっていると素晴らしい。
こうやってオヤジを鍛えて行けばよろしい。
もっともそれで大ヤケドする事になっても責任は負えないが。
 
と、こんな事を書いておきながら、
このブログを読まれた方ならお分かりだろうが、実は全編オヤジ臭たっぷりである。
いつもオヤジギャグでまとめておいて何を言う、とお思いのことだろう。
ところが、これがまた文章の場合オチがつけやすいというか、話を終わりやすいのだ。
 
オヤジギャグ、サイコー!イエー!
 
つまり書きっぱなしなので、ツッコミをいれていじってもそんなに面白くなりませんよ。
 

続 急転直下の大団円か、大山鳴動して鼠一匹か。2008/07/05

続 急転直下の大団円か、大山鳴動して鼠一匹か。
今日、サイトの更新を行う予定だったのだが、
ロゴを変更する事にしたので、
明日以降にずれ込む事になった。
 
新ロゴは、このブログのタイトルロゴと同様の書体で、
従来のゴシック系の文字から大きく変更した。
 
これまでのロゴは、2002年頃に作成したもので、
ウェブアドレスのスラッシュで区切った形を
模したものだった。
サイトのメニュー表示にもその形が残っている。
 
鉛筆書きでアナログ感を出しているのだから、
このサイン風の書体でロゴを作成する事にしたのだ。
 
ただ、サイト自体は従来のものをベースに、表現を多少変えるだけにとどめることにしている。
後々厄介だとは思うが、使用ソフトも従来のものを使用した。
メニューのカテゴリーはそれぞれ世界の何かがテーマになっており、
これまでトップに表示されていた図形が共通で現れる。
 
元々アイデアは2004年当時のものなので、もしかすると今更な印象もあるかも知れない。
また、例によって内容のなさを見た目だけでカバーしようとしている嫌いもある。
 
これだけ前フリしておいて、これかよ的なところもあるだろうが、
まあ、よいではないか。
とりあえず次回のブログ更新はサイト更新の報告になるはずである。
たぶん。
 
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