なんだ、野球の話じゃなかったのか? ― 2008/07/25
また高校野球の季節がやってくる。
特に熱心なファンという訳ではなくとも、
私と同じように、
何となくテレビをつけている方は多いのではないか。
もう何年も前のことだが、
我が母校が甲子園に出場した事があった。
初出場という事でもなかったのだが、
珍しかったので、遠いが甲子園まで応援に行った。
実はプロ野球の本拠地クラスの球場で、
野球を観た事がなかったので、
試合そのものも楽しみだったのだが、
球場で観戦するということは、
少なからずエキサイティングな経験であった。
ところが、甲子園のアルプススタンドから最初に球場を見渡した時に、やや拍子抜けしたのだ。
マンモスと言われる球場もこんなものかと一瞬思った。
ところがじっくりとよく見ると、反対側のスタンドに観客が非常に小さく見える事に気がつき、
やっとこの球場がとんでもなく大きい事が実感できたのである。
これはどういう事だろう。
広い空間に出た時に、すぐに比較できるものを認識できないと、大きさを実感できないのだろうか。
あるいは、球場のように高いスタンドがあり、空間が切り取られている場所は、
漠然と見渡すと、かえって箱庭のように小さく見えるのかもしれない。
これと似た事が去年の夏もあった。長い休みを取って、景勝地の海岸にいったのだが、
丘を越えると現れた巨大な岩のアーチの大きさが一瞬つかめず、
現実感がどこかへとんでしまって、幻想の世界にいる気分になったのである。
その巨岩の足下の海岸に、小さく見えるカヤックを発見して、やっと、とてつもない風景だと認識した。
とにかく距離感が掴めなくなるのである。
普段見慣れない巨大なものを見ると、人間は距離感を失い、大きさを把握できなくなるのだ。
だから、ゴジラを見てすぐに逃げ出す人は少ないのではないか。
その大きさが把握できず、現実だと認識するまで、しばらく立ち尽くすのではないかと思う。
もし、あなたがゴジラに出会ったときは肝に銘じるが良い、その数秒が生死を分ける事を。
出会ったらね。
特に熱心なファンという訳ではなくとも、
私と同じように、
何となくテレビをつけている方は多いのではないか。
もう何年も前のことだが、
我が母校が甲子園に出場した事があった。
初出場という事でもなかったのだが、
珍しかったので、遠いが甲子園まで応援に行った。
実はプロ野球の本拠地クラスの球場で、
野球を観た事がなかったので、
試合そのものも楽しみだったのだが、
球場で観戦するということは、
少なからずエキサイティングな経験であった。
ところが、甲子園のアルプススタンドから最初に球場を見渡した時に、やや拍子抜けしたのだ。
マンモスと言われる球場もこんなものかと一瞬思った。
ところがじっくりとよく見ると、反対側のスタンドに観客が非常に小さく見える事に気がつき、
やっとこの球場がとんでもなく大きい事が実感できたのである。
これはどういう事だろう。
広い空間に出た時に、すぐに比較できるものを認識できないと、大きさを実感できないのだろうか。
あるいは、球場のように高いスタンドがあり、空間が切り取られている場所は、
漠然と見渡すと、かえって箱庭のように小さく見えるのかもしれない。
これと似た事が去年の夏もあった。長い休みを取って、景勝地の海岸にいったのだが、
丘を越えると現れた巨大な岩のアーチの大きさが一瞬つかめず、
現実感がどこかへとんでしまって、幻想の世界にいる気分になったのである。
その巨岩の足下の海岸に、小さく見えるカヤックを発見して、やっと、とてつもない風景だと認識した。
とにかく距離感が掴めなくなるのである。
普段見慣れない巨大なものを見ると、人間は距離感を失い、大きさを把握できなくなるのだ。
だから、ゴジラを見てすぐに逃げ出す人は少ないのではないか。
その大きさが把握できず、現実だと認識するまで、しばらく立ち尽くすのではないかと思う。
もし、あなたがゴジラに出会ったときは肝に銘じるが良い、その数秒が生死を分ける事を。
出会ったらね。

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