音楽はヘッドホンではなく、スピーカーで聴きましょう。 ― 2008/07/16
1年半ほど前に購入したパソコンの
内蔵スピーカーの音があまりにショボかったので、
すぐに外部スピーカーを入手した。
それはもう、戦後間もない頃のラジオかと
いうぐらいのヘボさだったのだ。
購入したのはタイトル画像の、
BOSE Companion2である。
本当はM2かM3が欲しかったのだが、
そこまでは必要ないかと、これにしたのだ。
最初に鳴らした時に、
音色が仄かにオーディの香りがしたというか、
思いのほかリバーブの深い、いい雰囲気を持っていた。
大きさ、価格を考えれば、上出来ではないだろうか。
しかし、それもしばらくの間だけで、すぐに音色に馴れてしまった。
こういう事はよくある。音が変わったわけではなく、強いて言えば私の耳が変わったというべきか。
似た現象は、映像でも観られる。
先日書いたテレビのことだが、最初にみた映像は、それはきめ細かくリアルで、
見慣れたテレビタレントの肌が、こんなに荒れているのかと驚愕したものだ。
まだまだ若いと思っていた女性タレントの、顔の皺の数は愕然とするほどで、気の毒にさえ思った。
ところが、これは10代とかでないと撮影に耐えられないのではないかと思っていたはずなのに、
最近妙に見慣れてきたのである。そんなにひどくないように思えてきた。
まさか急激にメイク技術が上がった訳ではあるまい。これもやはり画質に馴れてきたのである。
考えてみれば、リアルになればなるほど、現実に見るものに近づくのだから、
現実に人に会って顔を見るのと同じなのだ。むしろ今までの映像が不自然だっただけのことである。
だが、私のようなものなら、
オーディオにしろ、映像機器にしろ、徐々にグレードアップしていけば良いのだろうが、
それぞれの評論家といった人達はどうするのだろうか。
ハイエンド機器に十分親しんでいながら、グレードの低い製品の長所など、的確に指摘できるのか。
私のように1万円そこそこのスピーカーで十分聴けてしまう人間は、
あまり良い機材を持たぬ方がいいかもしれぬ。
猫に小判、ではなく小判の価値に気付いた猫は相当厄介だからだ。にゃー。
内蔵スピーカーの音があまりにショボかったので、
すぐに外部スピーカーを入手した。
それはもう、戦後間もない頃のラジオかと
いうぐらいのヘボさだったのだ。
購入したのはタイトル画像の、
BOSE Companion2である。
本当はM2かM3が欲しかったのだが、
そこまでは必要ないかと、これにしたのだ。
最初に鳴らした時に、
音色が仄かにオーディの香りがしたというか、
思いのほかリバーブの深い、いい雰囲気を持っていた。
大きさ、価格を考えれば、上出来ではないだろうか。
しかし、それもしばらくの間だけで、すぐに音色に馴れてしまった。
こういう事はよくある。音が変わったわけではなく、強いて言えば私の耳が変わったというべきか。
似た現象は、映像でも観られる。
先日書いたテレビのことだが、最初にみた映像は、それはきめ細かくリアルで、
見慣れたテレビタレントの肌が、こんなに荒れているのかと驚愕したものだ。
まだまだ若いと思っていた女性タレントの、顔の皺の数は愕然とするほどで、気の毒にさえ思った。
ところが、これは10代とかでないと撮影に耐えられないのではないかと思っていたはずなのに、
最近妙に見慣れてきたのである。そんなにひどくないように思えてきた。
まさか急激にメイク技術が上がった訳ではあるまい。これもやはり画質に馴れてきたのである。
考えてみれば、リアルになればなるほど、現実に見るものに近づくのだから、
現実に人に会って顔を見るのと同じなのだ。むしろ今までの映像が不自然だっただけのことである。
だが、私のようなものなら、
オーディオにしろ、映像機器にしろ、徐々にグレードアップしていけば良いのだろうが、
それぞれの評論家といった人達はどうするのだろうか。
ハイエンド機器に十分親しんでいながら、グレードの低い製品の長所など、的確に指摘できるのか。
私のように1万円そこそこのスピーカーで十分聴けてしまう人間は、
あまり良い機材を持たぬ方がいいかもしれぬ。
猫に小判、ではなく小判の価値に気付いた猫は相当厄介だからだ。にゃー。

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