気がつけばブログを更新しない自分がいました。 ― 2009/05/18
先日、新聞を読んでいたら、
確か女性の詩人の方のコラムがあって、
最近よく耳にする、
「気がつけば○○している自分がいました」
という表現について書いていた。
これは自身の行動や思考を肯定的に捉えた上で、
あたかも高次元にいる別人格の仕業のような表現だと
指摘していた。
肯定的に言いながら、責任は曖昧にしていると。
もし悪い事、例えば、
「気がつけば電車の中で女性のスカートの中に
手を入れている自分がいました」
などと言えばどうだろう。
この表現がいかに怪しいか分かるのではないか、といった趣旨であった。
私も最近この表現が気になっていたので、内容に少なからず共感したのである。
それ以外にも最近耳につくのが、これは表現というよりは定型文になってしまっているもので、
主にスポーツ選手のコメントで使われる事が多いのだが、
「頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします」というやつ。
確かに、誰もが気の利いたコメントができる訳ではないので、
それなりに無難にまとめるには便利で都合が良いのかも知れん。
しかしあまりに個性が無さ過ぎる。
これでは記者なりインタビュアーなりが、後で適当に作文しても一緒ではないか。
もっとも、日本のインタビュアーは予定調和のコメントを期待するような質問ばかりだから、
これで良いのかも知れぬが、某メジャーリーガーあたりにはとことん嫌われる事だろう。
一方、気の利いた事を言ってウケを狙おうと、ひねたコメントばかりを連発し、
メディアが持ち上げるものだから、調子に乗っているとしか思えない男もいる。
とはいえ私も気の利いた事が書ける訳でもなし、
人のことを言えた義理ではないのであるが、それを言っちゃーお終いだろう。
と、気がつけばどうでもいい文章をブログに上げている自分がいました。
確か女性の詩人の方のコラムがあって、
最近よく耳にする、
「気がつけば○○している自分がいました」
という表現について書いていた。
これは自身の行動や思考を肯定的に捉えた上で、
あたかも高次元にいる別人格の仕業のような表現だと
指摘していた。
肯定的に言いながら、責任は曖昧にしていると。
もし悪い事、例えば、
「気がつけば電車の中で女性のスカートの中に
手を入れている自分がいました」
などと言えばどうだろう。
この表現がいかに怪しいか分かるのではないか、といった趣旨であった。
私も最近この表現が気になっていたので、内容に少なからず共感したのである。
それ以外にも最近耳につくのが、これは表現というよりは定型文になってしまっているもので、
主にスポーツ選手のコメントで使われる事が多いのだが、
「頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします」というやつ。
確かに、誰もが気の利いたコメントができる訳ではないので、
それなりに無難にまとめるには便利で都合が良いのかも知れん。
しかしあまりに個性が無さ過ぎる。
これでは記者なりインタビュアーなりが、後で適当に作文しても一緒ではないか。
もっとも、日本のインタビュアーは予定調和のコメントを期待するような質問ばかりだから、
これで良いのかも知れぬが、某メジャーリーガーあたりにはとことん嫌われる事だろう。
一方、気の利いた事を言ってウケを狙おうと、ひねたコメントばかりを連発し、
メディアが持ち上げるものだから、調子に乗っているとしか思えない男もいる。
とはいえ私も気の利いた事が書ける訳でもなし、
人のことを言えた義理ではないのであるが、それを言っちゃーお終いだろう。
と、気がつけばどうでもいい文章をブログに上げている自分がいました。
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