あの空のかなた高く虹の向こう側に 私がまえに子守歌のなかで聴いたことのある土地がある ― 2008/06/16
去年の秋頃だったか、とても大きな虹を見たのは。
それは目視の感覚からすれば、
差し渡し10Km以上の大きさに見えた。
虹のような実体のない物の
客観的な大きさを表現するのは、かなり難しいが、
地平線に連なる連峰に根を下ろして、
完全に半円形を描いた見事な虹であった。
当時、かなり広範囲で観測され、
地方新聞にも取り上げられたので、
ご記憶の方もおられよう。
夕方だったので真東に現れたのだが、
最初に発見したのが部屋の中で北の窓から、
という事だけでもその巨大さがうかがえよう。
慌てて屋上に上がって観測したのだが、
夕暮れという時間帯の光のせいか、やや赤みを帯びた非常に色の濃い虹であった。
それまでの人生で、あれほど巨大で強烈な印象をもたらす虹を見た事がなかった。
実体を伴っているのではないかと思えるほどの存在感は、まさしくその上を渡れそうなほどだったのだ。
ビルの屋上に上がって視界の開けたところで見た為か、あたりのコンクリートの風景と相まって、
何か、異次元空間に迷い込んだような錯覚さえ覚えた。
わずかながら副虹も見え、主虹と副虹の間の「アレキサンダーの暗帯」も観測できた。
空中の水滴の中で全反射を起こす虹のメカニズムにより、主虹と副虹の間の空が暗くなる現象である。
私は、どことなく雄大な響きがあるこの「アレキサンダーの暗帯」という言葉が以前から好きで、
この時こそ、この現象にふさわしいと思ったものである。
残念ながらこの時は広角レンズのない、いささか古いデジカメしかなかったので、
全然良い写真が撮れなかったのが悔やまれる。
しかし写真だけで、あの感動をどのくらい表現できるかも微妙である。
だが世の中にはこういったことに興味のない人が沢山いる。
私がこの話をしても、「へえ〜、虹なんかよく見る事でしょ」てな具合なのだ。
こういう人はたいてい、日食や月食などの現象にも似たような反応だ。
その度、「ああ、この人とは友達にはなれないな」と思うのである。
ところで、副虹のことを第二次虹とも言うそうである。
これにニヤリとしたあなたは友達になれそうですぞ。
(タイトル:「Over The Rainbow」訳詞 村尾陸男)
それは目視の感覚からすれば、
差し渡し10Km以上の大きさに見えた。
虹のような実体のない物の
客観的な大きさを表現するのは、かなり難しいが、
地平線に連なる連峰に根を下ろして、
完全に半円形を描いた見事な虹であった。
当時、かなり広範囲で観測され、
地方新聞にも取り上げられたので、
ご記憶の方もおられよう。
夕方だったので真東に現れたのだが、
最初に発見したのが部屋の中で北の窓から、
という事だけでもその巨大さがうかがえよう。
慌てて屋上に上がって観測したのだが、
夕暮れという時間帯の光のせいか、やや赤みを帯びた非常に色の濃い虹であった。
それまでの人生で、あれほど巨大で強烈な印象をもたらす虹を見た事がなかった。
実体を伴っているのではないかと思えるほどの存在感は、まさしくその上を渡れそうなほどだったのだ。
ビルの屋上に上がって視界の開けたところで見た為か、あたりのコンクリートの風景と相まって、
何か、異次元空間に迷い込んだような錯覚さえ覚えた。
わずかながら副虹も見え、主虹と副虹の間の「アレキサンダーの暗帯」も観測できた。
空中の水滴の中で全反射を起こす虹のメカニズムにより、主虹と副虹の間の空が暗くなる現象である。
私は、どことなく雄大な響きがあるこの「アレキサンダーの暗帯」という言葉が以前から好きで、
この時こそ、この現象にふさわしいと思ったものである。
残念ながらこの時は広角レンズのない、いささか古いデジカメしかなかったので、
全然良い写真が撮れなかったのが悔やまれる。
しかし写真だけで、あの感動をどのくらい表現できるかも微妙である。
だが世の中にはこういったことに興味のない人が沢山いる。
私がこの話をしても、「へえ〜、虹なんかよく見る事でしょ」てな具合なのだ。
こういう人はたいてい、日食や月食などの現象にも似たような反応だ。
その度、「ああ、この人とは友達にはなれないな」と思うのである。
ところで、副虹のことを第二次虹とも言うそうである。
これにニヤリとしたあなたは友達になれそうですぞ。
(タイトル:「Over The Rainbow」訳詞 村尾陸男)

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