続 燃やせ、青春。燃やすな、わが街。 ― 2008/06/17
冬の乾燥した時期でなくとも、
むしろ正反対の季節になったにもかかわらず、
この町内では火の用心の順番が巡ってくる。
夜に町内を一周(といっても高々数百メートル)
拍子木を打って回るだけだが、
これの当番のタイミングが妙に良すぎる。
なにしろ、前夜にこの話題が出た時に限って、
翌日順番が回ってくるのだ。
よくこの手の話が出ると、それはたまたまで、
違う時もあったのに忘れてしまっていて、
印象に残ることだけ覚えているのではないかと、
言われることが多いし、私も言ったことがある。
しかしこのケースはほぼ100パーセントなのだ。
ここで考えられることは3つである。
まず、前夜話題に出た時は、拍子木を打つ音を聞いた時が多いので、
その前任者の打つ癖を無意識の内に察知して「そういえば…」と話題にしていることが考えられる。
これの問題点は、拍子木の打ち方にどれほど個人差があるかだが、
確かにあることはあるのだが、個人を特定できるほどバリエーションが果たしてあるのか。
しかし、人間の潜在意識の能力は結構侮れないことが多いので、この考え方は捨てがたい。
次に考えられるのは、逆の考え方である。
つまり話題に出たから、「そろそろやりたい」と思って、積極的に買って出ている場合だ。
聞けば良いのだが、なぜか聞きづらい。何か恐ろしい裏があったらどうしよう。
私が聞いた瞬間にギクリとしたりするかも知れないのだ。
最後に考えられるのは、大きな声では言えないが、盗聴である。
私たちの会話が町内会に漏れていて、
「おお、そうか、じゃあ明日はあのお宅に頼むか」といった具合である。
これは考えたくない。聞かれて都合の悪いことはあまりないが、
あまりに下らないことばかり話してるので、ちと恥ずかしい。
おそらく世間では「渋い」で通ってる筈だからだ。たぶん。
最初の考察だけで良かったと、言わないように。
はじめに3つある、とか適当に書いたものだから無理にでっち上げてしまった。
まあ、いつものことではないか。
おっと時間だ。そろそろ火の用心に回らなければ。
私の癖も誰かに読まれていることだろう。きっと今これを読んでいるあなた、明日はお願いしますよ。
むしろ正反対の季節になったにもかかわらず、
この町内では火の用心の順番が巡ってくる。
夜に町内を一周(といっても高々数百メートル)
拍子木を打って回るだけだが、
これの当番のタイミングが妙に良すぎる。
なにしろ、前夜にこの話題が出た時に限って、
翌日順番が回ってくるのだ。
よくこの手の話が出ると、それはたまたまで、
違う時もあったのに忘れてしまっていて、
印象に残ることだけ覚えているのではないかと、
言われることが多いし、私も言ったことがある。
しかしこのケースはほぼ100パーセントなのだ。
ここで考えられることは3つである。
まず、前夜話題に出た時は、拍子木を打つ音を聞いた時が多いので、
その前任者の打つ癖を無意識の内に察知して「そういえば…」と話題にしていることが考えられる。
これの問題点は、拍子木の打ち方にどれほど個人差があるかだが、
確かにあることはあるのだが、個人を特定できるほどバリエーションが果たしてあるのか。
しかし、人間の潜在意識の能力は結構侮れないことが多いので、この考え方は捨てがたい。
次に考えられるのは、逆の考え方である。
つまり話題に出たから、「そろそろやりたい」と思って、積極的に買って出ている場合だ。
聞けば良いのだが、なぜか聞きづらい。何か恐ろしい裏があったらどうしよう。
私が聞いた瞬間にギクリとしたりするかも知れないのだ。
最後に考えられるのは、大きな声では言えないが、盗聴である。
私たちの会話が町内会に漏れていて、
「おお、そうか、じゃあ明日はあのお宅に頼むか」といった具合である。
これは考えたくない。聞かれて都合の悪いことはあまりないが、
あまりに下らないことばかり話してるので、ちと恥ずかしい。
おそらく世間では「渋い」で通ってる筈だからだ。たぶん。
最初の考察だけで良かったと、言わないように。
はじめに3つある、とか適当に書いたものだから無理にでっち上げてしまった。
まあ、いつものことではないか。
おっと時間だ。そろそろ火の用心に回らなければ。
私の癖も誰かに読まれていることだろう。きっと今これを読んでいるあなた、明日はお願いしますよ。

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